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高松高等裁判所 昭和27年(ネ)401号 判決 1953年10月28日

控訴人 原告 松原幸子

訴訟代理人 武田博

被控訴人 被告 清家タケヨ 外五名

訴訟代理人 大野忠雄 外一名

主文

原判決を取消す。

被控訴人等は愛媛県南宇和郡内海村字神谷魚神山七百三十九番地網干場一反十三歩の土地に付、被控訴人西口同小島が被控訴人清家タケヨ等先代清家政夫より売買により所有権を取得した旨の、松山地方法務局城辺出張所昭和二十四年三月二十四日受付第五〇三号所有権移転登記の抹消の手続をせよ。

控訴人その余の請求を棄却する。

被控訴人西口同小島両名の反訴請求を棄却する。

訴訟の総費用(第一、二審とも)は、被控訴人等の負担とする。

事実

控訴代理人は「主文同旨(但し第三項を除く)並びに主文第二項記載の所有権移転登記の無効なることを確認する。」との判決を求め、被控訴人西口、同小島代理人及び被控訴人清家タケヨ、同源光、同キミ代理人は、控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の事実上の陳述は、

第一、被控訴人西口、同小島代理人において、

控訴人の本訴請求原因は、当事者間の当庁昭和二十四年(ネ)第四四号土地所有権移転登記手続請求事件の確定判決に反する主張であるから許されない。

一、即ち控訴人は被控訴人等(西口、小島を除く)先代清家政夫を被告として、前記控訴事件の第一審においては、その請求の趣旨として、被告は原告に対し主文第二項記載の土地(以下係争地という)につき、昭和十九年一月二十五日附売買を原因とする所有権移転登記を為すべしとの判決を求め、その請求原因は、要するに原告の先代亡松原兼雄は、被告政夫より右同日係争地を代金一万円で買受けたが、未登記のまま右兼雄は死亡したので、相続人である原告において、その旨の登記手続を求めると謂うにあつた。而して、右訴訟は第一審で、原告の主張が認容せられて、その請求趣旨どおりの判決を受けた。

二、ところが該事件の被告政夫は右判決に不服で、当庁に控訴を申立てたので、本件被控訴人である西口、小島両名は、係争地については、昭和十七年八月頃右政夫から買受け、その後その所有権移転の登記も了したのであるからこのことを理由として、右訴訟の控訴審において、民事訴訟法第七十一条により当事者として参加し、係争地は参加人の所有であることの確認の判決を求めたのである。

然るところ、該事件の被控訴人(本件の控訴人)は、その控訴審において、請求の趣旨を、控訴人(政夫)は係争地に付自ら所有権移転登記を得た上で、被控訴人に対し之が所有権移転登記を為さねばならないと変更したのである。

これはつまり、被控訴人は第一審においては、前記のように本件係争地を控訴人より買受け、その所有権を取得したことを理由としてその登記手続を求めていたのであるが、控訴審においては係争地が現に参加人西口、小島両名の所有地であることを認めるに至り、結局請求原因たる前記当事者の売買は、他人の不動産の売買であることを承認して、前記のように所有権に基く請求に代わるに、売買契約に基く債権に請求の趣旨を変更したものである。而して右控訴審は被控訴人の請求趣旨変更の申立を認容してその旨の判決をするとともに、参加人等の訴を却下する判決を為し、その判決は上訴の申立なく確定するに至つたものである。

三、然らば右確定判決は次の点に既判力があると謂わねばならない。即ち係争地が昭和十九年一月二十五日被控訴人の先代兼雄と控訴人間に代金一万円で売買契約が成立し、その契約が有効であること。

然るに右係争地については、参加人に西口、小島両名がこれより先の昭和十七年八月頃控訴人より買受け、昭和二十四年三月二十四日その所有権移転登記を了したものであるから右兼雄と控訴人間の売買は他人の物の売買であること。

右の点は、右訴訟の当事者及びその承継人において最早他の訴訟においても、これを争うことができず、裁判所も亦これと異なる判断は許されない。

と述べた。

第二、控訴代理人は、右既判力の抗弁について、

一、右被控訴代理人主張の控訴人と被控訴人清家タケヨ等先代清家政夫との間の訴訟がその主張どおりの経緯にて進展し終結して確定するに至つたことはこれを認める。

二、然しながら控訴人が右訴訟において、請求の趣旨を変更するに至つたことは、該訴訟の控訴人政夫と、参加人等との売買契約を有効と認め、結局係争地が参加人等の所有となり、他人の物の売買契約であることを承諾したものではない。

このことは右訴訟において、参加人等の売買を通謀虚偽による無効なものであり、又その登記も無効であると主張せることに徴するも明白である。

ただ無効な登記であるとはいえ、一応参加人等に登記名義がある以上控訴人政夫に対し第一審判決どおりの登記請求権を行使できないので、控訴審においてその請求の趣旨を変更したに過ぎない。

三、而して不幸にして右訴訟の控訴審はその判決理由において被控訴人(松原幸子)の請求原因を他人の物の売買と判断せられたのであるが、然し該判決の既判力が控訴人政夫と参加人間の売買が有効である点に及ばないのは論ずるまでもないことである。

これは只だ当該事件の被控訴人幸子と控訴人政夫間において締結された係争地の売買による契約上の義務の履行として、控訴人政夫に請求趣旨のような登記手続を為すべき義務あることを確認したのであるから、その点にのみ既判力があるに過ぎない。

然らば右控訴代理人の既判力の抗弁はその理由がない。

と述べた。

第三、控訴代理人は、被控訴人西口、小島両名は控訴人を相手として、昭和二十三年六月一日松山地方裁判所宇和島支部に土地所有権確認の訴を提起し、同庁昭和二十三年(ワ)第四二号事件として繋属中、同被控訴人等は控訴人に対し、その請求趣旨である本件係争地が右西口、小島の所有であることを確認する旨の判決を求めるにあつたところ、その請求を抛棄し、その旨の抛棄調書が作成されたのであるから、同控訴人等はその趣旨に反する主張は本訴においては許されない。

尤も右抛棄は、控訴人が被控訴人等には登記がないから第三者である控訴人に対抗できない旨の仮定抗弁を主張したので、その事実を承認して為されたことは争わない。

第四、被控訴人西口、同小島訴訟代理人は、右控訴代理人の抗弁に対し、同被控訴人等が前記訴訟において、請求を抛棄したのは、控訴人も自認するとおり、当時被控訴人等には控訴人に対抗すべき登記がなかつた為であつて、その後被控訴人等は売主清家政夫から所有権移転の登記を受けたものであるから、本件においてその所有権を主張する障害となるものではない。

と述べた。

以上の外は原判決事実摘示と同一であるから、ここにこれを引用する。

証拠として。

控訴代理人は、甲第一号証乃至第九号証、第十号証の一、二、第十一号証の一乃至四を提出し、原審証人松原クミ、原審並びに当審証人松原勲、当審証人山本竹次郎、島本関太郎の各証言及び当審における被控訴人清家源光、同清家宏重各本人訊問の結果を援用し、乙号各証の成立を認めると述べた。

被控訴代理人等は、乙第一号証乃至第十四号証を提出し、原審証人清家八郎の証言及び原審における被控訴人西口恒吉、小島与八並びに当審における被控訴人清家タケヨの各本人訊問の結果を援用し、甲号各証の成立を認めると述べた。

被控訴人清家宏重は適式の呼出を受けたのに拘らず、本件口頭弁論期日に出頭しない。

理由

本件記録添附の戸籍謄本によると、原審被告清家政夫が昭和二十七年十月六日死亡し、被控訴人清家タケヨ、同源光、同キミ、同宏重が共同相続人として、適法に本件訴訟を承継したことが認められる。

被控訴人清家宏重は本件口頭弁論期日に出頭せず且答弁書も提出しないが、本件はその訴訟の目的が右共同訴訟人の全員に付合一にのみ確定すべき場合に該当するから、他の共同訴訟人の訴訟行為は、右不出頭の被控訴人の為にも利益に効力を生ずるものとする。

本件土地はもと右清家政夫の所有であつたことについては、当事者間に争がない。

成立に争のない甲第二号証第四号証乃至第八号証原審証人松原勲、松原クミの各証言を綜合すると、控訴人の先代松原兼雄は、昭和十九年一月二十五日右清家政夫から本件土地を代金一万円にて買受け、代金の内金として金五千円を支払い、殘代金は同年七月所有権移転登記と同時に支払う約定にて、即時右土地の引渡を受けたことを認められる。右認定に反する当審の被控訴人清家タケヨの供述は措信しない。

右訴外松原兼雄が昭和十九年六月二十九日死亡し、控訴人がその遺産相続をなしたことは、当事者間に争がない。

而して、本件土地につき被控訴人西口、同小島が昭和十七年八月十五日右清家政夫から売買により所有権を取得した旨の、松山地方法務局城辺出張所昭和二十四年三月二十四日受付第五〇三号による所有権移転登記を経由したことも当事者間に争がない。

控訴代理人は、右登記原因となつている被控訴人両名と清家政夫との売買契約は虚偽の意思表示に基く仮装讓渡であつて無効であると主張するので、先づこの点について判断する。

控訴人提出援用の諸証拠によつては、控訴人の右主張事実を肯認することはできない。

却つて、成立に争のない乙第一、二、三号証原審証人清家八郎の証言及び原審における被控訴人西口恒吉、同小島与八並びに当審における被控訴人清家タケヨ、同清家源光の各本人訊問の結果を綜合すると、本件土地は被控訴人西口、同小島が昭和十七年八月頃右清家政夫より代金二千円で買受け、即時手附金二百円の授受があつたことが認められる。

従つて、右登記原因たる売買契約は虚偽のものではないことが判る。ところで被控訴人西口、同小島は、昭和二十三年六月一日、控訴人及び右清家政夫を共同被告として、松山地方裁判所宇和島支部に対し、前記売買契約を理由として本件土地につき、その所有権確認及び所有権移転登記手続請求の訴を提起し、同庁昭和二十三年(ワ)第四十二号事件として繋属中右清家政夫は原告たる被控訴人等の請求を認諾し、又被控訴人等は却つて被告たる控訴人の原告等には登記がないから、第三者たる被告(控訴人)にその所有権を対抗出来ないとの仮定抗弁があつたので、その抗弁を理由ありと認めてその請求を抛棄し、それぞれ調書が作成されたことは当事者間に争がない。

仍つて右抛棄調書の既判力について考えると、それはその調書作成当時は、被控訴人西口、同小島は本件土地につき控訴人に対抗し得る所有権がないことの点については、既判力があるが本件土地に対する前記認定の売買契約の存否の点までも既判力が及ぶものとは認められないから、控訴人のその旨の抗弁は採用できない。

然らば、控訴人の主たる本訴請求原因は右の点において失当であるからその他の判断をするまでもなく理由がないからこれを棄却すべきものとする。

次に控訴人の予備的請求につき判断する。

控訴人が昭和二十二年五月清家政夫を相手として、本件土地の所有権移転登記手続請求を前記宇和島支部に提起し、同庁昭和二十二年(ワ)第十八号事件として繋属したこと及び控訴人が同年五月一日右本訴請求権保全の為本件土地について、右清家を債務者としてその売買、贈与、抵当権、貸借権、質権の設定その他一切の処分を禁止する旨の仮処分の申立を為し、その旨の仮処分決定の登記が了せられたことは当事者間に争がない。

控訴人は、前記被控訴人等間に為された昭和二十四年三月二十四日付の本件所有権移転登記は、右仮処分登記以後にその処分禁止に反して為されたものであるから、控訴人に対抗出来ないものであると主張し、被控訴人西口、小島は右所有権移転の登記は仮処分登記前に登記原因の生じた処分行為に基く所有権移転登記であるから、たとえ仮処分登記後に為されたものであつてもその効力は仮処分命令の存在によつて影響せられず、仮処分権利者に対しても有効であると抗争する。

処分禁止の仮処分の効力は、仮処分命令以後における将来の一切の処分行為を禁止するに止まり、その命令以前に有効に為された処分行為の効力に影響を及ぼさないことは固より正当であつて、疑の余地がない。而して茲に有効に為された行為とはその行為によつて第三者が十全の権利(対抗要件を完備せる)を既に取得せる場合に限り、その履行行為は仮処分後に為されてもそれに拘束されるものではないと解すべきものである。然しながら、本件におけるように不動産の売買が仮処分命令前に為された場合でもその対抗要件たる登記が完了していない限りは第三者たる仮処分権利者に対し、右売買による所有権の取得を対抗出来ないことは民法第百七十七条により明白である。

従つて斯様に対抗要件を具備しない売買行為が為されても仮処分権利者に対する関係においては仮処分後の対抗要件たる登記の為されたときに有効なる処分行為(売買)が為されたものと認めざるを得ない。然らざれば、仮処分前に処分行為があれば仮処分を無視してその対抗要件を後日具備することができて、恰も最初から対抗要件なくして、仮処分権利者に対抗できる結果となり、右法条の精神に反すること明らかである。

ところで、本件においては前記認定に徴し明らかなように清家政夫は結局本件土地を控訴人及び被控訴人西口、小島に対し二重売買をしたことになる。

而して控訴人が本件処分を為したときは控訴人においても亦、その所有権取得の登記を経ていないことは前記のとおりである。

然らば控訴人の本件仮処分を以つて被控訴人等の登記手続行為に対抗することができるようになれば本件保全処分は、被保全権利の範囲を超えてその効力があることになり、仮処分の本質に反することにはならないだらうかという極めて困難な問題に逢着する。

この点における本件仮処分の効力については、当裁判所は次のような見解をとる。

即ち本件仮処分の登記があれば固よりその登記は被保全権利の対抗要件としての効力を発生するものではなく、主として仮処分権利者の保護を図る目的の為に為さるるものではあるが、それは恰も本登記の順位保全の為めに為さるる仮登記と同様の効果を予期して為されその結果も亦実質上においては殆んど同様の効果を発揮する点より考慮して、斯かる保全処分には仮登記同様の効力があるものと解するを妥当とする。然らば本件仮処分に反して為した被控訴人等の前記所有権移転の登記は仮処分権利者たる控訴人に対する関係においては其の効力がないものと認める。

次に被控訴人西口、同小島の既判力の抗弁について判断する。

控訴人と被控訴人清家タケヨ等先代清家政夫間の訴訟が右被控訴人西口、同小島主張のとおりであつて且つその主張どおりの経緯にて進展し終結して確定するに至つたことは当事者間に争がない。

而して右争のない事実に成立に争のない乙第十号証乃至第十三号証を綜合すると、右訴訟の確定判決(乙第十号証)は、控訴人と清家政夫間の本件土地についての売買契約を前示認定のとおり認定し、且つ結果的には他人の物の売買と判断し(その判断は甚だ疑問であるが)て、控訴人が相手方に対し、右売買契約に基き控訴人主張のような登記手続を求める債権があると認定したものである。然らばその既判力は、右売買契約からかかる行為を要求する債権が発生し、その存在を確定した点にあると思われる。

従つて右主文を得るに至るまでに右判決においては参加人西口、小島の本件土地に対する売買契約がその主張のとおり認定せられ、結局所有権は参加人等に存するように判断されているが、この判断には既判力はない。

又控訴人主張の前記売買も他人の物の売買と判断した結果その売買からは本件土地の所有権は控訴人には無いように暗に窺われるが、その様な認定も主文を導き出した理由であつてその理由には既判力はない。然らば被控訴人西口、同小島の右抗弁はその理由がない。

果して然らば本件仮処分に反して為された被控訴人等の前記所有権移転登記は、仮処分権利者たる控訴人に対しては無効であつて且つ控訴人は本件土地の所有権者として登記請求権があること叙上説明のとおりであるから被控訴人等に対し右所有権移転登記の抹消登記手続を求める権利があるものと謂わねばならない。従つて控訴人の右請求はこれを認容する。

控訴人は別に右登記の無効の確認を求めているが、本件登記が当事者間に無効であることはその抹消手続を求める給付訴訟において既に確認されたのであるから、本訴においては独立して無効の確認を求める利益はないからその点は棄却する。

最後に被控訴人西口、小島の反訴請求について判断する。

控訴人が本件土地の一部即ち反訴において明渡を求める部分(原判決別紙目録記載)を占有していることは当事者間に争がない。

右被控訴人等は本件土地は前記のようにその共有にしてその旨の登記を経たる旨主張するがその登記は前段説明のように控訴人に対しては無効であつて従つて本件所有権の取得を控訴人に対抗できない。

果して然らば右被控訴人等の反訴請求は此の点において既に失当であるから爾余の判断をまつまでもなく、理由なきものとしてこれを棄却する。

以上の認定に反する原判決は不当であるからこれを取消し、民事訴訟法第三百八十六条第九十六条第九十二条第九十三条第八十九条に従つて主文のとおり判決する。

(裁判長判事 石丸友二郎 判事 萩原敏一 判事 呉屋愛永)

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